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いわいレポート:第4回
私は20歳代のとき、友人に誘われて哲学者の古在由重先生の塾に通っていたことがあります。あるとき先生がこんなことと言うのです。「私も50歳を過ぎて最近やっと人の言葉をほぼ正しく聞けるようになったのではないか。また自分の考えていることを、ほぼ間違いなく話せるようになったのではないかと考えています」と。
しかし私にはこの言葉の意味がほとんど分かりませんでした。「何を言っているんだろう。僕は他人の言うことが分かる。また他人に分かるように話しているよ」。こんなふうに思いました。しかしその後、挫折や苦労を味わい、50歳を過ぎて初めてこの言葉の深さを理解しました。
当たり前のことですが、人は一人ひとり生き方も考え方も変わります。ですから、私が他人の言葉が分かると思っていたのは、自分に分かる言葉だけ理解していたに過ぎないのです。分からないことは“変なことを言う奴とか、頭が悪いんだな”と心の中で思い切り捨てていました。話すことも同じです。自分の言いたいことを勝手に喋っているに過ぎなかったのです。
会話とはキャッチボールと同じです。相手の取りやすい玉を正しく正面に投げてあげなければなりません。当然わかりやすく工夫し、一生懸命聞かなければなりません。同時に、会話はお互いの理解を深めるために行うのですから(論争とは違う)、感情の共有が必要です。要は相手を理解し共感する努力が必要です。
“誠意を示す”とは実はこうしたことではないでしょうか。
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